『いつか王子駅で』堀江敏幸

堀江敏幸は、とてもよく晴れた日に、近所の川の土手を家族と散歩しているような小説を書くと思う。ほとんど完璧に幸福な世界。ほとんど完璧なのに、ほんの少しだけ憂いがあって、それがこの瞬間を幸福に思う気持ちに拍車をかける世界。素晴らしく、好き、なのにどうしても大好きにはなれない世界。堀江敏幸の書く文章には、流れる川の水面のような美しさがあって、その流れの底には必ず、特定の場所や物への愛着がある。経験の差か生まれもっての性質なのかはわかりませんが、そういった感情を持つことができない自分には、この世界は遠いところにあるのです。素晴らしいのにね。

いつか王子駅で (新潮文庫)

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